ミシンの歴史
ミシンの歴史や足踏みミシンを写真で紹介します。
ミシンは数々の発明家によって、進化の歴史を遂げてきました。
多くの人々の手を渡り、現在の形になったといえます。
この、縫製機の発明が私たちの生活に変化を与え、またこれにより洋裁の歴史も進んだのです。
ホーのミシン
18世紀末、織物工業の発達に追いつくための縫製機の開発に着手していました。そして、1845年にエリアス・ホーが二重縫の縫製機、ミシンを考案。1本の針の代わりに、2本の先に穴のあいている針と、1本の糸の代わりに2本の糸を使い、織機からヒントを得た梭の働きを利用したのです。
ティモニエのミシン
1830年、ホーがミシンを開発する以前にフランスの仕立屋、バルテルミー・ティモニエが軍服製造のためのミシンを発明し、特許を取りました。1831年にはこのミシンがパリの彼の工場に80台もありましたが、同業者の怒りを買い、全て壊されたといいます。
ハントのミシン
1832年から34年にかけて、ニューヨークのウォルター・ハントの店でもミシンは作られました。しかし、これはほんの数インチしか縫えず、また曲線を縫うことすらできませんでした。
ハントはこのミシンの権利を、鍛冶屋のジョージ・アロウスミスに売却。しかし、アロウスミス自身はミシンの発明が多くの針子達から仕事を奪うことになることを考慮し、特許を売ろうとはしませんでした。
ウィルソンのミシン
ミシンの発明家として、重要とされるのがアレン・ベンジャミン・ウィルソンです。彼はニューヨークに生まれ、マサチューセッツで仕事をしていましたが、ミシンの仕事を始めるまでは、様々な職を転々とする苦しい生活だったといいます。
ウィルソンのミシンは、ホーの原理と大体似通っていましたが、最も大きな特徴は、二重の先端を持つ梭にありました。これが曲線運動をし、行きと帰りに二重縫を行う。彼はこれをさらに回転鉤とし、4つの運動の送り金として、鉤が二重縫をする際に、据附の糸巻きの周りに糸の輪を運ぶようにしました。
シンガーのミシン
私たちがミシンと聞いて思い出すものは、シンガーのミシンのことを指します。
1851年、アイザック・メリット・シンガーはボストンの機械製作所にいました。その製作所にミシンの修繕の依頼が入りました。シンガーはそこで、これまでのミシンの設計上の誤りに気づき、2週間も経たないうちに、自分が設計した新しいミシンをつくりあげました。それにより特許を取り、ボストンに工場を設け、アイ・エム・シンガー社を興したのです。


